第10回『職人技』

2011年6月6日 三代目奮闘記

職人技 2011_06_06

経験から予測、最適解導く~

由紀精密は創業60年、切削加工一筋で生きてきた。みるからに「職人」と呼びたくなる、少々話しかけにくい重鎮のような機械工がどしっと支えている姿を、みなさん想像するだろう。年齢は60代か70代か。

 

それが、そんなこともない。由紀精密のエースはまだ40を過ぎたばかりの、機械加工業界ではまだまだ若手の部類に入る社員である。そうは言っても、この道20年。毎日機械と向き合い、難しい課題を解決してきた経験は十分にある。私が由紀精密に入ったのは2006年。その当時、現場を見渡すと、彼は工場にあるほとんど全ての機械を扱い、毎月100種類以上流れてくる図面を片っ端からさばいていた。

 

そのスピードは誰もが超人と認めるものだった。頼もしいと思うことが半分、それ以上に、会社の最大のリスクにもなると思った。なんとか彼の技術を新人に伝承し、個人力ではなく、チームワークで勝負しなければと、すぐに彼と対策を考えた。新人を採用し、担当機械を教育し、実務経験を積ませる。現在は、彼が直接扱わなくても、ほとんどの機械が稼働するまでになってきた。

 

この間5年。これで完全に彼の技術が伝承できたか? 残念ながらそう簡単にはいかない。機械の操作、プログラミング、その他さまざまな作業が「できる」ようになるまでには1年もかからない。それでは、何を習得するのに時間がかかるか? 例えば、0.005mmしか寸法公差がない製品を削る事を考える。最近の工作機械は0.001mm単位でプログラムを組み、動作を指示できる。しかし、その通りには動かない。1℃の鉄の棒は1度Cの温度変化で約0.01mm変化する。工作機械は1メートル以上の鉄の塊なので、多少の温度変化で簡単に公差をオーバーしてしまう。温度環境のよいところで使ったとしても、機械は動けば自分で発熱する。それを完全にコントロールすることは、最新技術をもってしても難しい。

 

また、材料によっては削っている間に工具がどんどん摩耗し、すぐに0.01mm以上変化してしまうものもある。工具の変化を見越して最後にきちっとした精度を出すことがいかに困難か、容易に想像が付くだろう。こういった、さまざまに変化する多数の要因があるなかで、瞬時に最適解を導き出し、ちゃんとした品質を出すには、過去の経験にもとづいた予測が重要になる。

 

職人技というと、手先の器用さとか音を聞き分けるとか、体の感覚をイメージすることが多い。それも大事だがそれだけではない。多くの変数から最適解を導き出す経験に基づいた予測。これは、ただ年数を重ねるだけでは身につかない。逆に若くても、理論的にしっかり考え、結果と重ね合わせることの繰り返しで身についていく事であろう

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(日刊工業新聞 2011年6月6日付オピニオン面に掲載)

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