第27回『ピンホールカメラ』

2011年10月31日 三代目奮闘記

ピンホールカメラ 2011_10_31

10月22日、横浜赤レンガ倉庫。年に1回の「TEDxSeeds(テッド・エックス・シーズ)」に参加した。TEDとはテクノロジー・エンターテイメント・デザインの略で、1984年に米国西海岸で、リチャード・ソウル・ワーマン氏が始めた会議である。ジャンルを問わず、世界をよりよく変えるアイデアを持った人物が集まり、各自18分間の講演を朝から晩まで行う。特徴的なのは、登壇者と聴衆との距離がとても近く、一緒に頭を使っている気分にさせる演出だ。過去の登壇者には、ビル・ゲイツ氏や、アル・ゴア氏、他にもそうそうたるメンバーが名を連ねる。本場TEDのライセンスを受け、2009年に日本ではじまったのがTEDxSeedsで、今年が3回目。私は2回目の参加で、今年は由紀精密が「ある試み」に技術面で協力した。

 

皆さんはピンホールカメラをご存じだろうか? 文字通り針の穴を通った光が直進し、フィルムに直接像を焼き付ける。その間に介在するものが一切ない。もちろんレンズもない。ところが、ある光学機器のエンジニアがかつて「デジタル技術の進化が進むと、世の中のカメラのほとんどはピンホールカメラで済んでしまう」と語ったのが印象に残っている。どういうことだろうか?

 

ピンホールカメラの利点はシンプルな構造、欠点は取り入れられる光がごくわずかかなことである。ピンホールを通った光しか使えない。現代のカメラは、わずかな光でも効率よく焼き付けるために、何枚ものレンズを複雑に組み合わせている。もし、光を受け取る素子の性能が無限に上がるとしたら、ピンホールを通ったわずかな光だけでも十分像が描けるかもしれない。解像度が十分に上がれば望遠レンズも不要になり、デジタルズームで済んでしまうかもしれない。極論ではあるが、ある特定の技術の進化が、長年培った技術をひっくり返してしまうことになる可能性があるのだ。もちろん、最高の写真を撮る必要がある分野には、非常に高価な明るいレンズが不可欠であろうが。

 

さて、話を戻そう。TEDxSeedsでは、登壇者も聴衆もスタッフも一同に集合写真を撮るという恒例のイベントがある。そこで登場したのが、ピンホールカメラである。前川氏をはじめとするデザイナー集団BRANCHがデザインし、由紀精密、JMC、海内工業、黒坂鍍金工業所という町工場4社で製作した。由紀精密は、ピンホールをはじめ多くの機構部品を製造した。担当した八木は何日も徹夜し、日頃培った切削技術をあますことなく注入した。このカメラで、この会場の熱気と興奮、あふれんばかりのアイデアを、一切介在するものなくフィルムに焼き付けたのである。

(日刊工業新聞 2011年10月31日付オピニオン面に掲載)

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