第4回「精度追求に生きる知見」

2016年7月11日

「精度追求に生きる知見」

【プログラムは誰が書く】

「プログラム通りに動く機械を使っていて職人技が必要なんですか?」。お客さまからよく聞かれる質問だ。確かにプログラムは毎回同じように実行され、加工機はそのプログラム通りに動く。では、前述の質問に対する答えはどうだろう。まず、プログラムは誰が書くか。製品図面をソフトウエアに入れるだけで自動的にプログラムが出来上がるわけではない。多くの場合は加工を熟知した技術者が製品の形状を必要な精度に仕上げるために、材質、刃物、加工機の特性、量産数量、ワークの剛性などさまざまな条件を考慮してプログラミングを行う。

ここに過去の経験値が詰まっている。私は「良いペンを使ったからといって美しい字は書けない」という例えを使う。良いペンはプログラムに対して正確に動く加工機だとしよう。美しい文字を書くのにはペンを動かす軌跡、スピード、強弱などさまざまな要素が盛り込まれている。

では次に、仮に過去の経験値を盛り込んだ完璧なプログラムが出来上がっていることを想定しよう。そのプログラムさえあれば、職人いらずで世界中のどこの工場でも同じものが作れるか。答えはノーだ。金属を削ると工具側も摩耗する。その分、製品の寸法が変わる。削るのが難しい金属と言われる難削材は工具の摩耗もとびきり早い。数個削るだけでも寸法がバラバラになってしまう。

【摩耗や熱で大きなミス】

工具が摩耗すると当然切れ味も変わる。切れ味が悪くなると材料を削るために大きな力が必要になり、特に材料側の剛性が低いものは押されて変形する。数マイクロメートルといった寸法を狙っている製品は、押し付ける力のわずかな差で要求精度が満たせなくなる。これら全てを考慮して刃物や切削油の選定から定期的な寸法測定と刃物位置の微調整を行いながら加工を進める。非常に神経を使う作業となり、多くの変数から最適解を導き出すスピードには経験が効いてくる。

もう一つとても厄介な問題がある。それは熱の問題だ。長さ10センチメートルの鉄は1度Cの熱がかかると約1マイクロメートル伸びる。この影響は加工機の変形だけでなく、切削時に発熱することでワークにも影響がある。刃物と工具の接触点は局所的に数百度Cもの温度に発熱する。また、機械は動くたびにモーターが動き、瞬発的に発熱して変形を起こす。部屋の温度を一定にするだけではこの短期的な変形の解決にはならない。これらを考えるだけでも、数マイクロメートルといった加工精度を維持し続けることがいかに難しいか分かるだろう。

【IoTで世界どこでも】

では、ずっと職人技のままで解決方法がないかというと、技術の進化によって“徐々に”自動化が可能になってきている。加工ノウハウを盛り込んだ自動プログラミング、機械温度のセンシング、刃先の摩耗状況の観測、ワークを測定してからのフィードバック加工。先端的な職人はこれらを巧みに使いこなしつつ、これまで対応しきれなかった難易度の高い材料、形状、精度に挑戦していく必要がある。世の中で職人技が本当に必要な技術は、技術の進化によって“減っている”のではなく“変わっている”と思っている。なので、過去の職人技と呼ばれるもののまま同じことをし続けていると、その仕事は職人技でなくなってしまう可能性もある。

由紀精密は100年以上の歴史を持つ工作機械メーカーである碌々産業と協力して、VISAIというブランドを立ち上げ、卓上の高精度CNC旋盤を作った。このマシンはドイツのベッコフ社のパソコンベースの制御装置を用いて、ネットワーク対応になっており、世界中のどこからでも遠隔操作できる。IoT(モノのインターネット)として注目を浴びるこの機械だが、「高精度」というところに本質的な意味がある。職人が現地にいなくても遠隔地から高い精度が得られるようにさまざまな工夫がしてある。このVISAIをどう使うか。次世代の職人は新しい課題に常に立ち向かう。

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