第99回『貴重な経験』

貴重な経験 2013_07_22

2011年4月、東日本大震災の直後からスタートしたこの連載も、残り2回となった。100回まではやりきると決め、毎週内容に悩みながら、なんとかここまで続ける事ができた。99回目は、この連載を書いて学んだ事、発見、新たな出会いについて書き、最後の100回目で今後の夢を語ろうと思う。

 

2年前、連載を引き受ける前のやり取りを鮮明に憶えている。筆者が書籍を発売している事を知った当時の日刊工業新聞社の奥田耕士中小企業部長が、「連載を担当してみませんか?」と勧めてくれた。筆者は、未熟で、業界で名の通った新聞での連載など、書ける自信が無かった。「もう少し成功してから書かせて下さい」という私の返事に、部長は、「成功するにしろ、失敗するにしろ、その過程を書いてくれればよいのです」とおっしゃった。この言葉に後押しされ、連載を引き受ける事にしたが、これほど日本語で苦労するとは思わなかった。

 

文章を書く事自体は毎日のようにメール、プレゼンテーション資料、会社案内文で経験しているはずなのに、いざ多くの方々に読まれる新聞という媒体に書こうとすると、出てこない。
何度も書いては消し、1200字の1回分の原稿を書くのに長い時には半日悩んだ。ようやく出した!と思った直後に次の締め切りがやってくる。もの書きの仕事は製造業と同じく、納期に追われているのだなぁ、と思いながら1200字の原稿書きと格闘していた。さすがに数十回と回を重ねると、体感的にこのサイズでの文章まとめに慣れてくる。冗長な表現をしていると、内容が薄くなる。短くまとめすぎると意味を正確に伝える事ができなくなる。

 

実体験による発見は、いろいろなところで役に立った。ストーリーを作り、正確な文章で相手に伝える事は、ビジネスのあらゆる局面で必要とされた。素晴らしいアイデアも、相手に伝わらなければ意味が無い。先の人生も、例え執筆の仕事をしないとしても、この連載の経験は活きる。また、本連載を通じて、さまざまな方との出会いがあった。正確にいえば、出会った方のうち、何人もの方が連載を読んでくれており、さまざまな感想をいただいた。実体験を基に書いているので、その体験を共感しているとの感想が多かった。ただの名刺交換と違って、出会いの深さ、密度がグッと高まり、話は一瞬で盛り上がる。この経験は何事にも代えがたい。
苦労も多かった連載だが、苦労を上回る学びと出会いにつながったのは間違いない。こういった貴重な経験のきっかけを作ってくださった奥田元部長、さらに筆者のぎりぎり、あるいは遅れている出稿に毎回超特急で対応してくださり、素晴らしい編集をして下さった日刊工業新聞社の方々に深く感謝している。

 

20130722
(日刊工業新聞 7月22日付オピニオン面に掲載)