第57回『切削加工は奥が深い』

切削加工は奥が深い 2012_07_23

“航空宇宙の部品を作っているのだから、さぞかし最新鋭の機械が並んでいると思ったら、結構普通なんですね”。由紀精密の見学者の多くがこのような感想を持つ。最新鋭の高級機械を並べて自慢したい気もするが、実際はお客さまの感想通り、古くて普通の機械が多い。

 

由紀精密は1950年に創業した。当時は天井からつり下った大きなモーターの動力をプーリー、ベルトを介して各作業者の手元のロクロに回転運動として伝え、ロクロに小さな製品を取り付けて、工夫を凝らしたハンドツールのようなもので製品を加工していた。創業者である私の祖父はこのロクロの達人であったと聞く。さすがに現在このロクロを使えるのは2代目社長の父だけだが、まだこの機械も残っている。

 

古い機械は長く使える。壊れても直せることがほとんどだ。構造も見て分かる。最新のCNC(コンピューター数値制御)工作機械では、まず電子回路の基盤が壊れるが、基盤の修理は機械屋さんには困難だ。大抵の場合、原因は分からず丸ごと交換になる。もちろん由紀精密の設備の多くはCNC工作機械に移っているが、CNCを使わなくても十分に加工できる部品もたくさん存在する。

 

卓上旋盤を使って、自分の手に金属を削る抵抗を感じながら加工すると面白い。刃物が金属にすっと入って行く感覚や、押しても押してもはね返される感覚で、加工条件や刃物のできの良さ、あるいは金属の材質の難しさを感じることができる。

 

一見複雑で図面には表しきれないような自由曲面などは、実は3次元CAD/CAMとCNC工作機械があればできてしまう。それに対し、今も昔も難しいのは細い穴を深くあけたり、削りにくい材料を高精度に加工したり、単純だが加工の本質が問われる部分である。職人でもある社長はCNC工作機械ではすぐに折れてしまうような小径ドリルを使い、卓上旋盤で手の感覚で穴をあける。

 

確かに量産品を加工するには効率が悪いが、少ない数量を確実に、歩留まり良く作る時には古い機械と職人技が活躍する場面も数多く存在する。由紀精密の特徴は新しい機械と古い機械の使い分けができているところだと最近思う。これが会社の歴史でもあり、何万種類もの部品を作ってきた中での最適化なのだろう。

 

金属加工は本当に奥が深く面白い。最新が最高とは限らないし、良い設備をそろえたからと言って、良いものができるわけではない。かといって求める精度が高いのに機械の精度が悪くては、いくら職人技を使っても、無駄な労力がかかるばかりである。機械と人、金属材料と刃物、切削液、さまざまなパラメーターが複雑に絡み合い、その中から、”ちょうど良い”ものを探し当てる。まだまだ進化は止まらない。

20120723

(日刊工業新聞 7月23日付オピニオン面に掲載)