第3回『由紀精密の強み』

由紀精密の強み 2011_04_18

2006年10月、私は6年半勤めたインクスから父親が経営する由紀精密へ転職した。インクスは当時、子会社を含め社員1000人、売上高は100億を優に超えていた。メディアにも頻繁に取り上げられ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。それに対し由紀精密は売上高、社員数ともに約100分の1。ITバブル崩壊後、倒産の危機からなんとか持ち直したものの経営はギリギリ、親の体調への不安も抱えていた。

 

当時、なぜあえてイバラの道へ?と多くの方々に不思議がられた。しかし、とても刺激的なインクスで働きつつ、あらためて自分の家業を見てみると、こんなに真面目でコツコツと技術を積み上げてきた会社が、世間の進化に取り残され、今にも崩れ落ちてしまいそうではないか。自分にはこの会社を存続させる使命があることを強く感じた。

 

由紀精密は1950年、私の祖父が創業した。職人がねじをロクロで作る会社であった。会社名の由来を良く質問されるが、創業者の妻、幸江(ゆきえ)からとっている。愛妻家だったのだろう。私もこの社名に愛着がある。女性的な社名、しかも元となる祖母の名前の漢字は「幸」である。創業以来60年、切削加工一筋で進めてきた。由紀精密に入社し、まずは強みを見つけてそこをアピールする、という方法を考えた。

 

しかし最初から壁にぶつかった。「強み」が見当たらない。由紀精密はどこが強い?という質問に、答えは返ってこない。謙虚な日本人の文化かもしれないが、実際に多くの中小製造業が、自社の強みを知らない状態であることを、その後痛感することになる。これは、もらった仕事を言われた価格で納期通りに納めれば成長できた、従来の典型的な下請け製造業共通の悩みではないか。

 

自分で強みがわからないなら、お客さまに聞けば良い。アンケートを作ることにした。ただ「由紀精密の良いところは?」と直接質問しても、分析に値する回答が返ってくる可能性は低いと考え、品質、コスト、納期に関して、項目を細分化し、5段階評価を付けてもらうことにした。同じ品質でも「寸法精度は?」「不良率は?」、納期にしても「納期遅れは?」「見積もり回答のスピードは?」など、相対的に満足度を評価してもらうことで、強み、弱みを知る事ができる。

 

この方法で、数十社のお客さまから回答を頂くと、明快な答えが出た。お客さまは由紀精密の「信頼性」を評価してくれていた。特別安い訳ではない、特別に難しい製品ができるわけではない、ただ、頼まれた仕事は不良を出さずにしっかりと納期を守って納品する。単純な事だが、この信頼は長年の歴史があってこそのものだ。この結果から、もっともそれを必要とするであろう、航空宇宙業界への進出を決意した。

20110418

(日刊工業新聞 2011年4月18日付オピニオン面に掲載)