第36回『ニッチに挑んで新市場』

ニッチに挑んで新市場 2012_01_23

社会人になって間もない頃、当時勤めていた会社では何を開発するにも世界一を目指していた。入社したばかりの新人が世界一と言われてもピンとこないし、最初はそんなことは無理と思っていた。しかし、「世界一」は意外に身近なところに存在するのがわかってきた。ギネスブックを見ると、ばかげてはいるが、確かにそれだけを目指してチャレンジすれば世界一になるのはそんなに難しくないものも多いのがわかるだろう。世界一長い串焼きとか、世界一多くの人で同時に何かをするとか、誰も意味を見いだせないもので世界一を目指せば、そこに到達する事自体はできる。

 

誰もそこに意味が無いと思ってチャレンジすらしなかったことでも、本気で目指したら全く新しいものができることもある。

 

前に勤めていたインクスで入社後最初に命じられた仕事は「世界最速の金型」だった。一番早く作れて、一番早く成形できる金型を開発するのだ。当時扱っていた携帯電話の筐体(きょうたい)金型では、一般的には早くても1カ月はかかると言われていた。そこで、2週間という目標を立てたら世界一か? 何となく徹夜でがんばればどこかの会社でできる気もする。2日ではどうか?そもそも、2日で金型設計から実際の製品を射出成形することなど、誰も考えないだろう。材料を発注してそろえるにも2日以上はかかる。それこそばかげている。それだけに、達成できれば世界一だ、という自信はあった。

 

由紀精密ではどうだろう?インクスより規模もずっと小さく、古いスタイルの製造業である。それでも、どこかに小さな世界一を目指せるタネはあるはずだ。これを探すのは難しくなかった。例えばインコネルという加工が非常に難しい耐熱合金がある。加工が難しいだけに、その材料を使ってわざわざ微細で困難な形状を作ろうと思う設計者はいない。ではやってみよう。誰も目指さないので前例がない。作ってみたものは、ある大きな切削加工の全国大会で金賞を頂いた。また、お客さまから、こんなに細い形状はどこの加工屋でも断られてしまう、という形状の依頼を受けた時、さらにずっと細いものを作ってみた。そのサンプルは、誰からも「そんなものは見たことがない」というものになった。

 

今まで、そこを目指す価値を見いだせないためにやろうとしてこなかったことが、実はやってみたら新たな市場を作り出すかもしれない。町工場はそれぞれにニッチな世界でがんばっているところが多いだろう。それだけに、そのニッチな世界の中で世界一という技術を目指すことは、思ったより難しくないかもしれない。重要なのは、積極的に情報を発信し誰かにその本当の価値に気づいてもらうことだろう。

20120123

(日刊工業新聞 1月23日付オピニオン面に掲載)